『できる街プロジェクト』で自分のやりたいことと人のやりたいことを繋ぐ「M's BAR」村井 真也さん

『できる街プロジェクト』で自分のやりたいことと人のやりたいことを繋ぐ「M's BAR」村井 真也さん


 

 

南柏駅を降りて西口通り商店街を進むと、ぽっと明るく灯る紳士のシルエットのデザインが印象的な看板が見えて来ます。
そこは、ジャズバー「M’s BAR」。ちょっと入りづらいかな…と思いつつ扉を開けると、店主の村井 真也さんが明るく迎えてくれました。

 

そんな村井さん、ただのジャズバーの店主と思うなかれ。柏でユニークなプロジェクトをいくつも立ち上げている『できる街プロジェクト』のプロデューサーも務められています。

 

村井さんは、なぜ柏で『できる街プロジェクト』を始められたのでしょうか?

そこには劇団の立ち上げや、自分のやりたいことへの想いなど、様々な経験や想いが詰まっているようです。

 

「あんまり儲けようとは思ってないんですよね。ここのバーも拠点の一つのような感じです。
でもM’s BARのMは村井のMじゃないですよ。」

とフランクでユーモアたっぷりな村井さんに、村井さん自身のこれまでとこれから、柏という街について詳しくお話を伺いました。
 

 

小演劇と脚本との出会い

 

——村井さんのこれまでについて教えてください。

 

今は、夜はジャズバーの店主を、昼間は脚本を書いたり、また「できる街プロジェクト」という団体で柏を中心にいろんなことをやらせていただいています。

 

元々は舞台の脚本を書いていて、一番最初は「小演劇」という演劇のジャンルから始まりました。小劇団は、キャパが100人くらいしか入らないような小さな劇場や、緞帳(どんちょう)などもないような劇場で行われる演劇のことを言います。

 

実は、高校生くらいの時は演劇に全然興味がなかったんですけど、演劇部の部長さんのことを好きだったんです。
その女の子に振り向いてもらうにはどうしたらいいかなと思って、その子が図書委員だったので図書室で演劇の本を借りようと思ったのが一番最初の演劇との出会いですね。その子とは結局付き合えなかったんですけど…。

 

高校を卒業して調理師の専門学校に通っている時に、高校の演劇部だった男友達に「演劇をやるから手伝ってくれ」と言われて、音響のオペレーションを手伝い始めました。そこで初めて小演劇というのを観て、演劇って面白いんだなあと感じましたね。
 
店主の村井 真也さん
 

そこから小演劇に面白味を感じて色々な小演劇を観ていったら、めっちゃつまんなかったんですよ。何がつまんないのかな、と思ったら、脚本がつまんないんだと思いました。

 

僕も脚本や演劇においてはその当時素人でしたが、演劇部の部長の女の子を口説くために、散々プロが書いた演劇の脚本を読み漁ってたんですよね。鴻上尚史さんの脚本とか。

それで、当時19歳の僕は「俺の方が面白い脚本が書ける!」と思っちゃったんですよ。

 

演劇をやるか、調理師の道へ進むか、と考えた時に、ワーキングホリデーの抽選を機に決めようと思ったんです。その頃のワーキングホリデーは抽選で、往復ハガキでカナダへのワーキングホリデーを申請したら、落選という大きなハンコを押されてハガキが戻ってきました。

それを機にじゃあ演劇の道へ進もうとなりましたね。

 

劇団を立ち上げた経験から感じた小演劇界の行く末

 

20歳の時、『松葉ステッキ』という劇団を柏で立ち上げました。でも、1回講演をして解散しちゃったんですよ。その当時の自分には、人をまとめる力もなかったので。

でも、当時は「劇団で有名になりたいんじゃなくて、脚本で有名になりたいんだ。いろんな小劇団で脚本を書いていればそのうち有名なプロデューサーが見つけてくれる。」と、思っていました。でもそんなことはもちろんないですよね。

 


 

その後29歳くらいの時に久しぶりに昔の劇団仲間に連絡をとりました。そうしたら、プロの役者になると意気込んでいた人たちもみんな、ちょうど演劇を辞めるところだったんです。30歳手前で社会の目を気にしたり、就職しないとやばいとか…。実際、現実と理想の違いに死んじゃうやつとかもいて。それが結構ショックでした。

 

でも、さらにショックだったのが、僕が小演劇界を知った19歳の時に10歳上の29歳だった先輩たちと、10年後に29歳になった自分たちが全く同じことをしているんですよ。つまりその10年間、小演劇界って何にも変わってないんです。そうなると僕たちより10歳下の人たちの10年後の小演劇界ってどうなるんだろう、って怖いじゃないですか。

 

自分も30歳手前になって、もう一回高校受験の時に考えていたようなことを改めて考えてみようと思いました。それで、なんで僕は生きてるんだろう、と真剣に考えてみた結果、やりたいことをやってないとダメだということがわかりました。

働いて飯食って寝て、という繰り返しの生活も幸せかもしれないけれど、僕はそこに幸せを感じられない。幸せというのは自分にしか決められないことだと思います。

 

もう一度挑戦した劇団の立ち上げから学んだこと

 

2007年くらいにもう一度柏で『松葉ステッキ』という劇団を立ち上げました。
その時のコンセプトは、経営学の観点から劇団を立ち上げたら面白いんじゃないかと思って、地域密着型の柏の劇団としました。

 

最低目標は死人を出さないというところですね。夢を見続けることも大変ですが、その夢を諦めることも大変だと思うんです。だから、劇団に入って本気で女優を目指していたけど、やっぱり演劇は趣味でします、というのも成功だと思います。

 

でも、その劇団も3年半で失敗してしまいました。2011年8月の講演で解散しました。結局マンパワーで回していると、無理が出てきちゃうんですね。

 

 

そんな時に出会ったのが、当時読んでいた漫画に書いてあった、「多くの人を幸せにしたかったら、自分が成功者になるしかない」というセリフです。

 

成功者のイメージってよく分からないけど、無名の脚本家が劇団を立ち上げたってお客さんは来ないかな、とその言葉から思って。
それで25歳の時に通っていた六本木にあるシナリオスクールにもう一度入りました。そこで清水曙美先生、その後横田理恵先生のゼミで脚本について学び直しました。

 

そして、今から3年くらい前にフジテレビのヤングシナリオ大賞で佳作をいただきました。それで一昨年くらいにフジテレビで「ブスと野獣」という連ドラの脚本を書かせていただきました。
 

 

これまでのことから気づかされる大切なこと

 

名実ともにプロの脚本家らしくなってきたな、というところで、じゃあ演劇をしようと思ったんですが、脚本の勉強をしていて演劇から離れていたので、もう一度演劇の勉強をし直しました。そうしたら、歴史的に見ても演劇ってあんまり需要がないんだなということに今更気付くんですよね。

 

でも、松葉ステッキの時に感じたのが、仲間たちと一つのものを作り上げるということがすごく楽しかったんです。自分の身近な人たちと手の届く範囲、足の届く範囲で一緒に何かをやる。これこそが僕が生きていく理由なのかもしれないなと。

とりあえず僕の周りの人たちと何かをやる。まだ知り合っていない人たちと何かやるというのが好きなんだなと思いました。

 

でも演劇は需要ないしなあ、と考えているところでフジテレビでの賞金も手に入ったので、そのうちの半分くらいは誰かと2時間お茶をするということに使いました。

その人の人生とか、なんで今そこにいるのか、過去の話とかを聞いて、今後どういうことがしたいかという話を聞いていきました。そうやっていろんなことを聞いていくうちに、この人とその人を紹介してあげたらいいな、と人を繋ぐことをやっていましたね。

 

『できる街プロジェクト』誕生のきっかけ

 

いろんな人とお茶をしている中で、松葉ステッキ時代の仲間の楠本が「仕事以外で何か勉強がしたい、何がやりたいかそんなに考えていないけどプロデューサー的なことがやりたい」と言っていました。

それなら3年前に思いついた、アニメなどの聖地巡礼をあえて狙ったご当地アニメを作ろうということになりました。僕がプロデューサーの仕事を教えてあげられるから一緒にやる?と楠本と一緒にアニメを作ることになりました。

 

こういうふうに、なんかやりたいんだけど形にできない人とか、一人じゃ限界があってできないというような人は、実はいっぱいいるのかもしれないと感じました。そしたらそれをやる団体を作っちゃえばいいんだ、と思って『できる街プロジェクト』を立ち上げたんです。

 

『できる街プロジェクト』の第1弾の取り組みとして、クラウドファウンディングでお金を集めてアニメを作りました。
 


『できる街プロジェクト』で出来上がったアニメ「超普通都市 カシワ伝説」
 

主題歌は南柏にあるミュージックスクールの学長である渡辺マント先生に、キャラデザインは中道裕大先生にお願いして、脚本は僕が書いて。

そういった柏に所縁のある人たちを集めて作っていきました。プロもアマも一緒に関わって、一つのものを作る。アニメも演劇と一緒で、いろんな人が関わってできているんです。改めてそういうのやっぱり楽しいなと思いましたね。

 

いろいろとやり始めていく中で、コミュニケーション能力を鍛えるツールって、演劇が一番適していると思ったんですよ。
演劇ってやっている人も観ている人も特別なものだと思ってるんですけど、実際はすごく身近なものなんだなと演劇を勉強している中で思いました。海外では演劇を義務教育で取り入れているところもあるんですよ。

じゃあもっと身近に演劇ができる場を作ろう、ということで『できる街プロジェクト』の中に、アニメ部の他に『デキマチ小演劇部』を作りました。

 

また、2016年の11月くらいに「自分たちの活動ってやりたいことに無理やり地域をくっつけてるだけだな。もっとわかりやすく地域貢献しよう」と仲間と話していて、俺たちがやりたいからやっているだけというボランティア団体『護美団(ごみだん)』を立ち上げました。

主催は護美光(ごみひかる)という空想上の人物にして、なるべくバカっぽい団体にしようというコンセプトにしました。
第1回目の活動は、2017年1月1日の5時38分という柏の日照時間に合わせて、コスプレしてゴミ拾いをするというのをやりました。そこから発足してちょっとずつ活動しています。

 

今後は柏でデザフェスをしたりとか、仲間と一緒にいろんなことがやりたいですね。

 

柏の良さは中途半端なところ

 

——柏という街への想いを教えてください。

 

千葉県野田市の出身なのですが、幼い頃の買い物は柏のそごうとかまで来てたんですよ。高校も流通経済大学付属柏高等学校に通っていて、いとこが柏に住んでいたこともあり、なんだかんだ柏に縁がありますね。

 

柏の好きなところは、中途半端なところですね。都会にも田舎にもなりきれていない感じ。
でも柏に住んでいる人たちは、僕もそうなんですけど柏が大好きなんですよ。千葉県の他の市には負けてないと思ってますからね。
 

お店では、ボードゲームのイベントも開催されているようですよ。
 

劇団を立ち上げる時に、アルバイト情報誌でバーテンダーの募集を見つけました。営業時間、メニュー、コンセプトを自由に決められます、という面白い募集要項だったんです。そこで採用となり、10年間「M’s BAR」を任させてもらいました。

 

そして、2017年の11月から晴れてオーナー店長として独立します。
僕を店長として拾ってくれた中村社長には一生頭が上がらないですね。そういういろんな人たちとの縁と優しさで今の僕があるようなものです。

 

——これから挑戦していきたいことはありますか?

 

2016年の9月から千葉市にある「ミュージカルシニア劇団PPK48」という劇団の脚本と演出をやらせていただいています。PPKはピンピンコロリの略なんですよ。
それもあって、今後はもっと千葉県でいろんな人たちと関わっていきたいですね。

 

今までは「柏」と名前をつけることが多かったんですけど、自分で範囲を定めることはないなと思って。最近では、千葉県全域でいろんなことができないかな、と考えています。

 

演劇、アニメ、ボランティアとかいろんなことをやらせていただいているんですけど、結局僕は、僕が面白いと思うことをやりたいんだと思います。他の人がどう思うとか関係ないんですね。人生自己満足だと思ってるので。

 

でも、誰にとやかく言われようとやりたいことをやるのではなくて、誰かに何かを言われたらそれについて考えつつ、やりたいことをやりたいという感じですね。それが他の人のやりたいことに繋がったらいいなと思います。
 

 

 

▶︎ できる街プロジェクト
他人と協力した自己実現を目的とした第3の場所(サードプレイス)の企画団体。

 
紹介動画はこちら
 
HP:http://dekimachi.com/

 

▶︎ M’s BAR
静かなジャズを背景に本格的なカクテルやウィスキーが、リーズナブルに、ライト感覚で楽しめるバーです。日によってはセッションライブ、アナログゲームナイト等のイベントや、ジャズミュージックを楽しめるコンセプトバーにもなります。
「隠れ家」をお探しの方、どうぞお気軽にご来店ください。

 

HP:http://www.msbar.jp/
住所:千葉県柏市南柏2-3-9
最寄駅:常磐線 南柏駅 徒歩3分
営業時間:OPEN 18:00~26:00(月~水)/OPEN 19:00~26:00(木~土)
定休日:日・祝
TEL:04-7145-5318