江戸と水戸を結ぶ道、水戸街道。100年の時を経て「松戸宿」を歩く

江戸と水戸を結ぶ道、水戸街道。100年の時を経て「松戸宿」を歩く

松戸駅の西口を歩いていると、古い建物を見かけることがあります。

100年ぐらいは経っているのではないかと感じる、趣のある木造の建物や「松戸宿」という提灯。
今回は、歴史を感じる古い建物と提灯に記されていた「松戸宿」に迫ります。

江戸~水戸を結ぶ道のりにある休憩場「松戸宿」

時は遡ること江戸時代。松戸には江戸幕府と水戸徳川家とを結ぶ道がありました。
それが「水戸街道」です。現在、松戸駅西口にある水戸街道は「旧水戸街道」と呼ばれています。

水戸街道には20の宿場が置かれていました。宿場とは、江戸時代の駅のようなもので、その周りには宿屋や茶屋などがあり、町として賑わっていました。
水戸街道は、江戸の千住宿を基点として、水戸にある水戸宿まで約116㎞の距離があったと言われています。

今は電車や車など移動手段がありますが、当時は徒歩での移動です。
目的地に向かう人々は、宿屋や問屋場などの施設がある宿場で休憩しながら歩みを進めていったそうです。

当時の旅人は松戸宿から水戸宿までを2泊3日で歩いていたそうです。体力、脚力、気力がすごいですね。

渡し舟が必須!松戸宿の特徴

松戸宿は江戸川が近かったことから物資の中継地として大変賑わっていたと言われています。そのため、問屋や商店も数多く並んでいました。
当時、江戸川には警備のために橋が掛けられておらず、関所が設けられていたそうですよ。物資に人にと渡し舟は大忙しでしたね。

時代を超えて、今も昔の面影が残る「松戸宿」

文明の発達により鉄道が開通すると、停車場が街の北端に建設されたため、松戸宿の北部は新たな発展を遂げました。
この地域は災害や戦争により大きな被害がなかったため、昭和40年頃までは幕末から明治に建てられた木造の商屋や旅籠が倒壊することはありませんでした。

その後、高度経済成長によって駅の周辺や道路などの再開発は進み、区画整理がなされた松戸駅前の宿場町の家並は姿を消しました。
古い家屋や寺社の数は少なくなってしまいましたが、今でも旧水戸街道沿いには「栄泉堂 岡松」や「松戸神社」、「松龍寺」などの当時からの建物も残っています。


▶松戸神社(写真上)、明治末期から大正時代の建物の旧商家(写真下)

今も昔の面影が残る街、松戸。

「松戸宿」と記されている提灯は水戸街道があったと知らせてくれる一種の目印でした。
100年以上経っても残る古い家屋にはこれからも新旧の良さを残して伝えていく街として大切に残っていて欲しいと願います。